概要
本研究について
Society 5.0 の実現には、サイバー空間を担うデジタル技術だけでなく、最適な実空間を支えるマテリアル技術が必須である。また、カーボンニュートラルの実現には二酸化炭素を回収する機能材料が、Well-Being社会には、QOLを向上させるバイオマテリアルが必要不可欠である。日本は長年に亘り材料科学そして素材産業を世界的に牽引してきた。しかし、近年、新興国等において、材料分野の積極的な研究開発が行われており、マテリアル関連の国際市場におけるシェアだけでなく、学術業界における論文の質・量双方の観点から、国際的シェアを大きく落としている。特に、サーキュラーエコノミーおよび資源循環に対応した、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)および製造プロセス技術が必要とされているが、日本における材料開発は完全に対応できているとは言い難い。本研究課題では、この日本の材料科学が抱える産業的・学術的な問題を解決するために、ビッグデータを基軸としたマテリアル研究開発のプラットフォームを京都大学で拠点化する。重要な実装領域である、高タフネス・環境低負荷高分子、高度循環型高分子、QOLバイオマテリアル、および二酸化炭素分離回収材料を含む機能性や自己修復能を付帯するバイオアダプティブ材料の開発を目指す。
バイオアダプティブ材料の重要性は、我々の日常からも窺い知れる。我々の生活は、高分子材料で溢れており、高分子材料の利便性と安定性、そして優れた物性から、さまざまな自然環境や、生体環境で利用されている。しかし、その優れた安定性から、マイクロプラスチックなどの環境問題が生じるとともに、過剰な利用による人類への暴露が、予期せぬ生体反応を引き起こしている恐れが指摘されている。さらに化石資源からの生産についても、二酸化炭素の回収・利活用により、根本的な解決策を見出す必要がある。これらの社会問題をバックキャスト的に解決するために、本拠点研究では、バイオ・高分子ビッグデータ駆動による完全循環型バイオアダプティブ材料の創出を目指す。
図 高分子材料は多様な自然環境・生体環境で利用されています
人類活動は多様な高分子材料に支えられており、10年後、30年後も同様であると推測できる。近年、高分子材料の長期安定性が自然環境や医療に問題を引き起こしており、環境分解性や生体適合性を示すバイオアダプティブ材料が求められているが、その分子設計は既存の科学技術では達成できていない。一つの技術的な要因は、高分子分野ではMIを利用した構造物性相関とその手法論、およびビッグデータベース利用が進展していない点が挙げられる。バイオアダプティブ材料研究において、MI駆動型材料開発は必須であるにも拘らず、人材や研究体制の不足から、有効な打開策を生み出せていない。2020年頃から、諸外国ではケミカルリサイクルや環境分解性に関する大型プロジェクトが走り始め、国際的な研究動向からも日本が取り残されつつある。また、EUのNovel Materials Discovery (NOMAD)プロジェクト(Scheffler et al. Nature 2022)やアメリカ化学会のオープンサイエンスなどでも議論に出ているが、高分子のMIについては有効な手立てが報告されていない。このような状況下において、日本が保有する固有の高分子データベースPolyInfoとBioPolyInfoを利用したMI駆動型の高分子材料創出拠点は、日本の材料科学において欠かせない研究基盤となり、国際的な競争力に大きく寄与できる。また、ESGを基軸に据えたマテリアル・イノベーションを期待する企業は多い一方で、自社で全てを開発できる企業は殆どない。京都大学が拠点となり、MI駆動型高分子材料創出を強力に推進し、関連企業を巻き込むことで、日本の高分子産業、ひいては材料産業に非連続的なイノベーションを引き起こす。さらに、二酸化炭素の回収・利用から循環型材料およびQOLバイオマテリアルを創出する循環社会のキーマテリアルを実用化する。10年後、研究代表者は研究現場に残っており、研究拠点が終了した後も、責任を持って本拠点の成果を技術移転などにより社会実装させる所存である。
マテリアルDXネイティブの研究思考をもつ人材、すなわちマテリアル×デジタル人材の育成プログラムおよびキャリアパス形成も実施する。高分子材料、特にQOLバイオマテリアルや、環境循環型バイオ高分子、二酸化炭素吸収分離高分子を対象とする研究分野においては、産業界においても人材育成が課題となっており、産学官体制で若手から育成する意義は非常に大きい。そこで、本研究拠点では、マテリアル先端リサーチインフラARIM(名古屋大学、京都大学、九州大学)と連携し、グループ横断的に産学官で協調した人材育成を目指す。特に男女問わず、ライフイベントに左右されないオンライン環境において受講可能なオンラインプログラムを構築し、継続的に運営する。このプログラムでは、学部生、大学院生、そして研究員(ポスドク)世代の若手人材の育成は勿論のこと、デジタル分野(計算科学、バイオインフォマティクス)から、材料科学を学習しようとする研究者や、材料科学分野からインフォマティクスを学習する研究者に対しても、年齢・産学官を問わず門戸を開く。デジタル関係の講義は、NIMSや慶應義塾大学を中心に実施し、PoLyInfoやBioPolyInfoなどの本拠点で扱うビッグデータの利活用についても学習する機会を設ける。材料科学関係は京都大学、東京大学、九州大学を中心に行う。特に、世界的に重点取組事項となっている環境循環型材料については京都大学、QOLバイオマテリアルに関しては東京大学、二酸化炭素分離材料は九州大学が主として担当することで、分野横断的かつ魅力的なマテリアル×デジタル人材育成が可能になる。
研究体制
拠点は、京都大学の材料創生グループに加えて、名古屋大学を中心とした計測評価グループ、NIMSを中心としたデータ活用促進グループ、京都大学福井謙一センターを中心とした理論計算グループと相互に連携し、日本発のバイオ・高分子ビッグデータから、マテリアルインフォマティクス、MI、CO2分離材料開発、駆動型バイオアダプティブ材料開発を実施します。我々の研究拠点は、2030年以降のマテリアル革新力の強化を見据えて、40代の若い研究人材が拠点の骨格を形成し、経験豊富な研究者がそれを支援、連携する体制を構築します。